
練馬の夜、酒とスティング — Masayuki Hamaoka
練馬の夜、酒とスティング
今夜はスティングを聴いている。
このアルバムは、僕がまだ20代の頃によく聴いていた1枚だ。当時、東京の練馬に住んでいた。正確に言えば「住んでいた」というより「居候させてもらっていた」という方が近い。世話になっていた人がいて、その人は酒を飲むと決まってこう言った。
「スティングはいいぞ」
その人はジャズが好きだった。普段はジャズばかり聴いている人が、なぜスティングなのか。The Police を解散して、ソロになったロックミュージシャン。僕の中ではそういう認識だった。ジャズ好きの口から出てくる名前としては、少し意外に思えた。
ジャズ好きが認めたロック
それで聴いてみた。『…Nothing Like the Sun』。1987年のアルバムだ。
聴いて、やっと理解した。
このアルバムには、ジャズの要素がたくさん詰まっている。スティングのベースラインは元々ジャズの素養に満ちているけれど、このアルバムではそれが全面に出ている。ケニー・カークランドのピアノ、ブランフォード・マルサリスのサックス。ジャズの一流どころがサイドマンとして参加して、ロックでもジャズでもない、スティングにしか作れない音楽になっている。
あの人が「スティングはいい」と言い続けていた理由が、ようやく腑に落ちた。ジャンルの壁など関係なく、本物の音楽には本物の耳が反応する。ジャズ好きがスティングを愛する。それは何も不思議なことではなかった。
Fragile — ガットギターへの憧れ
12曲の中で、僕が一番好きなのは「Fragile」だ。
あのガットギターのイントロ。静かに、でも確かな意志を持って紡がれる音色。南米の空気を感じさせるメロディに、スティングの声が重なる。歌詞は暴力と平和について語っているのに、どこまでも美しい。強さと脆さが同居している — まさにタイトル通りの曲だ。
あんな風に素敵にガットギターが弾きたい。そう思って、エレガットを買ったこともあった。ナイロン弦の柔らかい響き、スチール弦とはまるで違う表情。Fragile のあのフレーズを自分の指で鳴らしたくて、何度も練習した。
今でも、またガットギターを買って弾いてみたいと思う。あの頃の気持ちは、何年経っても変わらない。
裏方から見たステージ
実は、スティングの東京公演に関わったことがある。
といっても、客席にいたわけではない。バイトで機材の搬入と搬出をやった。巨大なアンプ、スピーカー、照明機材。あのステージを支えるために、どれだけの機材が必要なのか。裏方として汗を流しながら、音楽のスケールの大きさを身体で知った。
搬出のとき、少しだけステージを眺めることができた。
スティングだ — 。
カッコよかった。
CDで何度も聴いたあの声の主が、そこにいた。同じ空間の空気を吸っていた。客席から見る景色とは違う。裏方から見るステージには、音楽を届ける側の熱量がそのまま伝わってくる。あの一瞬は、今でもはっきり覚えている。
ずっと持っているCD
『…Nothing Like the Sun』は、僕にとっていろんな思いの籠もったアルバムだ。
練馬で居候していた頃の記憶。ジャズ好きのあの人が酒を片手に語っていた夜。Fragile を聴いてエレガットを手にした日。そしてバイト先のステージから見た、ほんの一瞬のスティング。
このCDは、ずっと持っている。何度引っ越しても、手放したことはない。これからも手放すことはないだろう。
最高っすね。
編集後記
濱岡政幸さんは、私(ナミオ)と同郷の方だ。直接お会いしたことはそう多くないのだけれど、Facebook でいつもアルバム単位で音楽を紹介されていて、個人的にとても楽しませてもらっている。
紹介されるアルバムが、私の好みにとても近い。だから濱岡さんの投稿を見るたびに、ああこれ久しぶりに聴こうかな、と思って聴き直すことがたびたびある。すでに Album Sweet を「いつもされている方」だね、と思っている。
今回のスティング『…Nothing Like the Sun』も、まさにそう。練馬の居候先で酒を飲みながらスティングの良さを語り合う夜 — そういう時間が音楽を一生ものにするんだと、改めて思わせてくれる原稿だった。