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どんなバンドでも代替がきくのに、Steely Dan だけは唯一無二 - Mikiya Kato
私の愛したアルバム

どんなバンドでも代替がきくのに、Steely Dan だけは唯一無二 - Mikiya Kato

1970年代のロック。どのバンドも、カッコよく登場した時代だ。 Led Zeppelin は轟音で、The Rolling Stones はふてぶてしさで、The Who は破壊衝動で。ステージに立つ者たちは、みんな何かを誇示していた。 その時代に、“最初から諦めムード” で登場したバンドがいる。 加藤幹也さん — アクトツー株式会社の社長であり、FenderUSA のギターを愛する音楽人 — は、Steely Dan をそう表現した。そしてすぐにこう続けた。“しかし、完成度の高さはピカイチで、今も、時々聞いています。
目次
  1. 最初から諦めムード
  2. Can’t Buy a Thrill — あのジャケット、あの音
  3. 唯一無二 — 代替がきかないバンド
  4. “I am another gentleman loser”
  5. ラリー・カールトンとジェフ・バクスター
  6. The Third World Man — 永久普遍のリードギター
  7. ウォルター・ベッカー — RIP
  8. 編集後記

1970年代のロック。どのバンドも、カッコよく登場した時代だ。

Led Zeppelin は轟音で、The Rolling Stones はふてぶてしさで、The Who は破壊衝動で。ステージに立つ者たちは、みんな何かを誇示していた。

その時代に、“最初から諦めムード” で登場したバンドがいる。

加藤幹也さん — アクトツー株式会社の社長であり、FenderUSA のギターを愛する音楽人 — は、Steely Dan をそう表現した。そしてすぐにこう続けた。“しかし、完成度の高さはピカイチで、今も、時々聞いています。”

最初から諦めムード

諦めムード。この言葉は、Steely Dan を知る人なら深くうなずくはずだ。

Donald Fagen と Walter Becker。この二人が作る音楽には、ロックにありがちな高揚感や反抗心がほとんどない。代わりにあるのは、どこか冷めた視線と、皮肉と、それでも鳴り続ける精緻な音の連なりだ。

熱狂の時代に、熱狂しない音楽。それなのに、一度聴いたら離れられない。加藤さんの “諦めムードだけど完成度ピカイチ” という一言は、Steely Dan の本質を見事に突いている。

Can’t Buy a Thrill — あのジャケット、あの音

Can't Buy a Thrill - Steely Dan のアルバムジャケット
Can’t Buy a Thrill — Steely Dan

1972年、デビューアルバム『Can’t Buy a Thrill』。

Do It Again のラテンリズムに、Reelin’ In the Years の切れ味鋭いギター。デビュー作にして、もう Steely Dan でしかありえない音が鳴っている。ロックの形式を借りながら、ジャズのハーモニーとポップのメロディを溶かし込んだ、誰にも真似できないサウンド。

そしてあのジャケット。街角に立つ女性たちの写真に、鮮やかな色が重ねられた一枚。1970年代のロックアルバムの中でも、ひときわ異彩を放つビジュアルだ。

唯一無二 — 代替がきかないバンド

加藤さんは、こう言い切った。

“だいたい、どんなバンドでも、代替えがきくのに、Steely Dan だけは、唯一無二。”

これは大胆な言葉だ。Led Zeppelin も、Pink Floyd も、The Beatles でさえも「代替がきく」と言っているわけだから。しかし、その通りかもしれない。

Steely Dan のサウンドを再現しようとしたバンドは、歴史上ほとんどいない。フォロワーがいないのだ。影響を受けたミュージシャンは数え切れないが、Steely Dan のように演る者は現れなかった。それは、このバンドの音楽が “スタイル” ではなく、Fagen と Becker という二人の人格そのものだったからだろう。

加藤さんは、スタジオワークについてもよく知っている。

“アルバム作りでは、スタジオミュージシャンを、取っ替え引っ替え、は有名な話ですよね。”

Steely Dan は、自分たちが求める音のために、曲ごとに最適なミュージシャンを選んだ。あるテイクを何十回も録り直し、気に入らなければ別のプレイヤーを呼ぶ。完璧主義 — と言えば聞こえがいいが、スタジオの中で起きていたのは、妥協なき音の追求だった。

“I am another gentleman loser”

Do It Again。『Can’t Buy a Thrill』の1曲目にして、Steely Dan の世界観を決定づけた曲だ。

加藤さんが引いた歌詞がある。

“I am another gentleman loser …”

紳士的な敗者。ギャンブルに負け、女に裏切られ、それでもまた同じことを繰り返す。この曲に描かれているのは、学習しない人間の哀しさだ。しかしそこには、自分を笑い飛ばすような乾いた諦めがある。

加藤さんが言う “最初から諦めムード” の正体は、ここにあるのかもしれない。Steely Dan の歌詞は、希望を歌わない。かといって、絶望も歌わない。ただ、人間というものの愚かさを、皮肉混じりに、しかしどこか愛おしそうに描き続ける。
 

加藤さんは、こうも表現した。

“Steely Dan には、レイモンド・チャンドラーやチャールズ・ブコウスキー的な ‘ハードボイルド’ に通じるものを感じます。必ずしもカッコイイわけではないが、真のハードボイルド。”

チャンドラーの探偵フィリップ・マーロウは、街の汚さを知り尽くしながら、それでも自分の流儀を貫いた。ブコウスキーは、 酒と貧困の底から人間の滑稽さを書き続けた。— どちらも、華やかさとは無縁の場所に立ちながら、そこにしかない真実を掴んでいた。Steely Dan の音楽にも、同じ匂いがする。派手なステージングも、観客を煽るパフォーマンスもない。ただ、完璧に組み上げられた音の中に、 人間の弱さと可笑しさが静かに横たわっている。
 

ラリー・カールトンとジェフ・バクスター

スタジオミュージシャンを “取っ替え引っ替え” した Steely Dan だが、その起用センスは超一流だった。

“ラリー・カールトンを起用するあたりは、さすが。”

加藤さんはそう言って、うなずいた。Larry Carlton — 後に “Mr. 335” の異名を取る、フュージョン/ジャズギターの巨匠。Steely Dan の『Royal Scam』や『Aja』での彼のプレイは、ロックとジャズの境界を溶かした。特に “Kid Charlemagne” のギターソロは、ロック史に残る名演として今も語り継がれている。

そしてもう一人。デビュー期の Steely Dan でギターを弾いていた Jeff “Skunk” Baxter。『Can’t Buy a Thrill』の Reelin’ In the Years であの印象的なリードを弾いたのは、他でもない Baxter だ。彼はその後 The Doobie Brothers に移籍し、そちらでもバンドのサウンドを一変させた。

Fagen と Becker は、優れたギタリストを引き寄せる磁力を持っていた。自分たちは派手なプレイをしない。しかし、誰を呼ぶべきかは完璧に知っていた。

The Third World Man — 永久普遍のリードギター

加藤さんの口から、意外な曲名が出た。

“The Third World Man (Gaucho) の、リードギターの秀逸さは、永久普遍的ですよね!”

Gaucho - Steely Dan のアルバムジャケット
Gaucho — Steely Dan

1980年の『Gaucho』に収められた The Third World Man。アルバムのラストを飾るこの曲は、静謐で、切なく、そしてリードギターが泣いている。Larry Carlton が弾いたとされるこのソロは、派手さとは無縁だが、一音一音に重みがある。

加藤さんが “永久普遍” という言葉を選んだことに、私は深い共感を覚える。流行に左右されない音。時代が変わっても色褪せない演奏。Steely Dan の音楽が持つ最大の美徳は、まさにそこにある。

加藤さんはこうも言った。

“最近のミュージックは、リズムとビートが主軸で、昔のような、美しいメロディラインは、もう出てこないでしょうね …”

それは懐古ではない。FenderUSA を手にし、今も音楽を愛し続ける人の、静かな実感だ。Steely Dan が追求した精緻なメロディとハーモニー — あの時代の音楽が持っていた豊かさを知っているからこそ、出てくる言葉だと思う。

ウォルター・ベッカー — RIP

2017年9月3日。Walter Becker が他界した。67歳だった。

Walter Becker
Walter Becker

“ウォルター・ベッカーが他界した時は、心底、ガックリきました。RIP”

加藤さんの言葉は短い。だが、 “心底、ガックリ” という表現に、長年のファンにしか出せない重みがある。

Becker は Fagen の影に隠れがちな存在だった。ライブでは端のほうに立ち、淡々とギターを弾く。加藤さんが言うように、“YouTubeで、ライブ映像がありますが、彼は、全くやる気無さそうで、笑えます。”

しかし、Steely Dan の音楽は Fagen 一人では成立しない。Becker のベースライン、ギターのフレージング、そして Fagen と共有する歌詞世界の暗いユーモア — それらが揃って初めて、あの “唯一無二” は完成した。

やる気なさそうに見えて、“ライブ演奏が大嫌いだった” と伝えられる Becker が、それでもステージに立ち続けたのは、Fagen との間に音楽以上の何かがあったからだろう。二人の関係は、バンドという形を超えた、創作のパートナーシップだった。

その片方が、もういない。

編集後記

加藤さんは、私(ナミオ)がかつて在籍していた会社の社長だ。長い付き合いになる。

アクトツー — インターネット黎明期から、デザイナーやクリエイターに愛されてきた会社。その社長が FenderUSA を弾き、Steely Dan を “唯一無二” と呼ぶ。加藤さんの中で、ビジネスと音楽はずっと地続きだったのだと思う。

私はギター小僧だったので、Steely Dan ではとにかく Jeff Baxter の演奏に憧れた。Reelin’ In the Years のあのフレーズ。Doobie Brothers に移ってからも、彼のギターは恰好よかった。加藤さんが Larry Carlton を挙げ、私が Jeff Baxter を挙げる — 同じバンドを聴いていても、惹かれるギタリストが違う。それもまた、Steely Dan という磁場の広さだ。

そしてあのジャケット。『Can’t Buy a Thrill』のくちびる。正直に言えば、当時 Mick Jagger を意識したのかな、と思っていた。あのアルバムを手に取った時の、視覚の記憶。サウンドの記憶と同じくらい、強く残っている。

加藤さんの言葉を借りるなら — Steely Dan は、唯一無二。代替がきかない。それは半世紀経った今も、変わらない。

Can’t Buy a Thrill

Can’t Buy a Thrill

Steely Dan

Album Sweet で見る →

書き手

Mikiya Kato

Mikiya Kato

インターネット黎明期からクリエイターを支えてきた株式会社アクト・ツーの社長。現在は様々な事業経営に携わる。FenderUSA のギターを愛し、音楽への造詣は深い。Steely Dan を「唯一無二」と呼ぶ、筋金入りの音楽人。